第七章
     水郷祭の夜

東京で木暮が奔走し、並木が気をもむ毎日の中で、全く別の人間の生活があることは当然である。それはまた、現在においても過去においてもだ。
そして、並木たちが関知しないことをも含めてである。
そうしたある一つの出来事が並木の住む三瓶でもあった。

山麓から山裾にかけて広がる、樹齢数百年のブナや杉の大木が作り出す昼なお薄ぐらい原生林に、初夏を告げるセミの声が早朝からうるさいほどに聞こえている。
火山灰と大小の火山噴出物である岩石により形成された山の急斜面を覆う深い原生林の木々は、その根を深く張れず、長い年月を掛けて成長した一抱えほどの巨木がいたるところに横たわり、その表皮を朽ち果てさせ、まるで白骨の様に見えていた。
鬱蒼とした樹海の所々だけが、櫛の歯の抜けた様に、梅雨の中休みのような澄んだ青空に向かってぽっかりと口を開け、太陽が差し込んでいる。
 繁茂するハイイヌガヤの、厚く光沢のあるシダ状の葉が、その陽で輝くように見え、まだ陽の届かない原生林の下生えは、朝露に濡れていた。
朝の陽光が徐々に移動すると、いままで見えなかった、露に濡れた絹糸のような細い真っ白な蜘の糸が葉と同じようにキラキラと輝いた。
織りなされた幾何学模様の縦糸と横糸の一本一本に小さな水玉が付着し、時折り下方に「ツツゥー」と滑り落ちた。
 大きな巣のまん中に宿る黒と、黄色の派手な色彩を持つ大型の塊は、糸をわずかに揺らすその振動にも、まだ眠りから覚めないように、じっと動かなかった。
 空腹を満たすべき本来の獲物があがく振動とは明らかに異なることを知って居るからであろう。
やがて、陽が昇るにつれて再び糸は透明で見えなくなっていった。
「ブーン」
微かな羽音がし、そしてその音が止まった時、巣が大きく搖れた。
「ササ」と二色の塊が、水玉が流れ落ちるように移動した。
小さな悲鳴が聞こえるようであった。
しばらく蜘の糸は上下と横に搖れていたが、やがてぴたりと止まり、塊は糸の中心に戻り、再び蝉の声だけが聞こえる元の原生林に戻っていった。
自然界では絶え間なく起きているはずのこうした出来事を、一人の女が糸から一メートルばかりの距離で身じろぎ一つせず、最初からじっと注視していたが、やがて一言吐き捨てるかのようにある言葉を口にした。
「私も、私もこいつのように…喰い殺してやる…」
その言葉は、整った容姿の女の口から出たとは到底想像できず、またそぐわない毒々しい響きを持ち、そしてその美貌の横顔はこの上もないほど醜く歪んでいた。
それはまるで、古事記に登場する黄泉の国から逃げ戻ろうとするかつての愛する夫・イザナギノミコトを追う、骸骨に変貌したイザナミノミコトを彷彿とさせるものであった。
 その現代のイザナミノミコトが注視する透明で輝く糸の主―黒と黄色の色彩を持つ塊は、女郎蜘なのだ。
見る者があるならば、身震いするほどのこの出来事は、板尾第五遺跡から十五キロほど離れた三瓶山麓の巨木が林立する深い原生林内でのことであり、並木が疑問を持ち続けた黒曜石が発見される二年ほど前の七月半ばのことであった。
この女の名は 椎名瑠美…。二十七歳。
そして、瑠美にこの言葉を口にさせたのは、ある不幸な出来事がそうさせたのだった。

宍道湖を見下ろす高台に立つマンションに、彼女の部屋はある。
五階建で瀟洒な建物だ。
いかにも女性の部屋らしい整理された部屋の中に、まもなく沈む宍道湖名物の夕日が締め切られたレースと厚地のカーテンのわずかな隙間から差し込んでいる。
来年の六月十日は、彼女にとって素晴らしい日になる予定であった。
女性ならば、多少なりとも夢み、憧れるジューン・ブライドに…。
だが今、瑠美の気持ちのすべてを占めるものはうっとうしいだけの梅雨の中にいるような、じめじめとしたものだけであった。
いや、うっとうしいだけでなく、人生そのものを変えられたつい先週のある事件のことを憎しみの中で思いだしていた。彼女にとってその出来事は、死ぬほどつらく、むごたらしいものであった。
片足を花柄の絨毯に無造作に投げ出し、折り畳まれたもう片一方の足も同じように力無く見えた。
淡いピンク色のスカートの上には、彼女が夢見ていただろうウエディング・ドレスが満載された女性誌が開かれていたが、放心したような眼は何を見ているのか、ただ宙を泳いでいるかのようであった。
すでに小一時間もその姿勢のままでいた。
瑠美のまなじりと頬には、涙の乾ききった跡がくっきりと残り、膝の上の雑誌のカラー写真の上にも同じ跡が見えた。
やがて、部屋に差し込む西日が湖の対岸に連なる山の彼方に消え、闇が訪れても瑠美はその姿勢を崩すことはなかった。
彼女の失意と絶望は、死んだ墨野美津子と同じ形で起きていた。
瑠美と美津子を比べてみるわけにはいかないが、瑠美の場合は交際相手のいない美津子と違い、身に降りかかった不幸を婚約者が知ることになったのが悲劇をより広げようとしたのだった。
彼女は、東京に本社があるテレビ会社の山陰支局報道制作部のキャスターだった。
入社三年目にして七時台の報道番組の女性キャスターは、局はじまって以来だったし、加えてその美形は聴衆を魅了した。いまや局アナ・ナンバーワンと目されていた。
さらに、ある取材の中で知り合った医師と婚約していた。
二人の交際はまだ一年ほどだったが、まさに相思相愛という言葉はこの二人のためにあると思われるのでは…というほどの熱愛でさえあった。
世間体を気にしなければつとまらない人気商売になりつつある職業に就いている瑠美は、局内外にそれを知られることを警戒はしていたが、彼女の知人たちの数人は当然知っていたし、若干の噂ももちろん広まりつつあった。
彼女自身、優秀な若い医師との恋愛―いわば玉の輿―を他人に自慢する気持ちがないわけではない。彼女がそれほど裕福でなかった家庭で育ったせいもあったのだろう。
だが、この世の中は人の幸福を喜ぶ人間ばかりではない。
羨望ならいい。だが瑠美に向けられた感情は妬み、嫉妬そして嫌悪だった。
その喜ばない人間が、瑠美とその恋人の関係を知る数少ない瑠美の友人であったことは、瑠美にとって見知らぬ人間以上に不運であった。
同期生であり友人でもある三峯利香子は、瑠美と同期で入社した五人の女子職員の中では瑠美とはとりわけ仲がよかった。
最初は…、である。
しかし、それは利香子の心の変化であって、瑠美のそれは何ら変わることはなかったのだが。
瑠美に関わらず、メディアに携わる人間の日常は不規則である。仕事中心にまわる一日の中で私生活の時間はまるで出鱈目と言っていいのではないだろうか。
「お疲れさま!」
「ごくろうさまでした!」と、スタッフに応える瑠美が来期の番組の打ち合わせでミーティング・ルームを出たのは深夜だった。
他のスタッフはまだ小一時間は居残りのようである。
瑠美のマンションは、局から三十分ほどの宍道湖岸にあり、出社と帰宅にはいつもはタクシーを利用するが、帰社の時は受付の利香子がいつも手配の電話連絡をタクシー会社にしてくれている。
しかし、この夜は玄関のアプローチに車は見あたらない。入り口の横にある警備員詰め所から、警備員が瑠美に声をかけた。
「椎名さん、ご苦労様です。先ほどタクシー会社から電話がありまして、今日は水郷祭で台数が足らないからこちらにはしばらく回せないと行って来ましたよ。何でも十一時位になるから、ご迷惑でしょうが他に連絡をとのことでした」
「そうですか。ありがとうございます」と、瑠美も頷いて警備員にかえした。
瑠美の報道担当とは違うため、うっかりしていたが、七月末の水郷祭は、市民だけでなく県内からも多くの人々が集まる松江名物のお祭りだったのだ。
宍道湖上の小舟から二時間ほどの間に打ち上げられる六千発もの花火は湖面を真昼のように照らし、山陰に夏の到来を告げるのだ。
先ほどまで、見物客の車やタクシーで局前の県道はひっきりなしの車の往来があったようだ。
遅いといっても、十一時までにはだいぶ間がある時間だった。
瑠美が、携帯電話をハンドバックからとりだして別のタクシー会社の十一桁の番号を押そうとした時だった。
今はもう、車のまばらに行き交う局前の県道に、黒塗りの高級車が停車した。
そして、運転席から男が降りて手を上げた。
瑠美も手を上げて小走りに近づき、笑顔で相手に応じると、助手席に消えた。
「ほう…あれが噂の彼氏か」と、年輩の警備員は車を見送ると、また手元の雑誌に目を戻した。

次の日から二日ほど、瑠美は体調を崩したと、局を休んだ。
理由は、昨夜不注意で階段から落ちて―手首を痛めたうえに、顔をすりむいた―からとのことだった。
出社した瑠美に、
「瑠美! 大丈夫?」と、心配そうに受付から駆け寄ってきたのは利香子だ。
しかし、瑠美は一瞬身を固くして、
「…ええ、大丈夫。大したことはないわ」と言うと、目を伏せそれ以上の会話を避けるように足早に仕事場である報道部に入っていった。
だが、瑠美を見送る利香子の表情はすぐに一変し、満足そうな笑みを浮かべた。さらにその口からは、謎めいた言葉が漏れ出たのだった。
「フフ…、可愛がって貰ったようね。あんたも、ここ二、三日で終わりよ」と。
瑠美に劣らぬほどの美貌と肢体を持つ利香子はそう呟くと、ゆっくりと受付けに戻って行った。

二日後、瑠美の上司に一個の郵便小包が届いた。
厳格で知られる報道制作部の植村部長宛にだった。
植村は最近の風潮―アナウンサーのタレント化―を苦々しく思っている局内での最先鋒である。
つい先ほどの生収録の中で、一人の新人アナウンサーが、新妻(にいづま)と読むべき所を゛にいさい゛などと恥を曝したばかりであったし、こうしたあるまじきーいわば無知としか思えないー社員が目立つ昨今だが、美人でスタイルさえよければ可。との空気が局内でもまかり通っていることにも苦言を呈すのが常だった。
苦々しい気持ちを引きずって植村は封を切った。中はビデオテープであった。
時折、視聴者から日常の中で起きたほほえましい場面を映した映像が送られてくる。
いわば面白ビデオと銘打ったようなものである。
局でもこの手の番組は人気がある。
植村はこうした類の物と考えて、
「かけてみてくれ」と、秘書に指示すると隣の会議室に入っていった。
秘書はテープをビデオ・デッキに挿入し、テレビのスイッチを入れた。
一、二秒後だった。画面を見た瞬間に植村の顔は引きつり、蒼白に変わった。
秘書は顔を赤らめ、挨拶も抜きで会議室を飛び出した。
その出演女優は他ならぬ椎名瑠美であった。が、それはほほえましい画面どころかまるでポルノビデオそのものであったのだ。
椎名瑠美が会議に呼ばれたのはその直後だった。
「し、椎名君! こ、これは一体なんだ! まさか君は…こんなことをしていたのか!」
「…! こ、これは!」
画面を食い入るように見つめた瑠美の口から出た言葉は、まさに絶句以外の何ものでもなかった。
「何という恥知らずの女だ! 君は、君は会社をつぶす気か!」
瑠美はただ呆然と立ちつくしたまま、その怒鳴り声を遠くに聞いていた。
噂はたちどころに局内に広まり、翌日には知らぬ者はいなかった。
どのような弁解も無駄であった。他人のそら似で通る訳がなかった。
瑠美に覆い被さる男は、はっきりと瑠美の名を呼んでいたのだ。
そして、瑠美と呼ばれた女の右耳たぶには丸い真珠状のピアスが見えていた。
植村は画面と、間近の瑠美の耳たぶを食い入るように見つめた。

翌日の緊急役員会で瑠美の処遇は決定された。
「眠らされて、気が付いたらこうなっていた? 君の釈明が事実かも知れないがね…しかし、これが局外に漏洩すれば…分かるね。それにことが公になれば君の将来にも取り返しが付かない」
局の幹部八人もの前で、さらし者ともいえなくもない瑠美が最後にかろうじて言えたのは、
「…お世話になりました…」との一言だけであった。

失意のどん底のその夜、瑠美は自室で婚約者を前に真実を告げた。
噂は、直に結婚を誓った恋人の耳にも届くはずだからだ。
「…あの夜、タクシーを呼ぼうとした時、利香子さんの友人の甲沼さんに会ったの…それが、それが間違いだったんです。顔見知りで安心した私が馬鹿だった…」
瑠美は、臓腑を引き裂かれるほどの憎しみと後悔の中であの夜起きたことを話し始めた。

「やあ、瑠美さん。どうしたんですか? 残業?」、局前に止まった車の主が声をかけた。
瑠美の同僚・利香子の恋人の甲沼だった。
「あ、甲沼さん! 仕事が遅くなってしまって、タクシーを待っていたんです」
と、瑠美は携帯電話をハンドバックに戻すと車に近づいて言った。
「そりゃ大変だ。僕もいま、利香子さんを送ってきた帰りなんです。よかったら送りますよ。今日は水郷祭でここいらじゃタクシーは拾えないですよ」
「ええ、でも…」、利香子の彼氏である。瑠美は若干躊躇した。
「どうぞ、どうぞ。どうせ僕も同じ方角ですから」
瑠美は、三十五歳と聞いていた男の落ち着いた物腰と笑顔につられて助手席に乗り込んだ。
車は、水郷祭の話題をする二人を乗せて宍道湖岸をゆっくりと進んでいる。
十五分も走った頃だった。座席のヘッドレストに瑠美は強く頭部を押しつけられた。それは突然過ぎて、一体何が起きたのか分からなかった。
次の瞬間、何かが自分の口と鼻を強く塞ぐのを瑠美は感じた。
「ううっ…」
両手でそれを取り払おうと抗う彼女は、鼻から強い刺激臭を吸い込んだとたん、その意識は途絶えた。
どれほど時が経ったのだろうか。
瑠美はもうろうとした意識の中で、下腹部に異様な感触と異物を感じてゆっくりと目を開けた。次の瞬間、彼女の全身は硬直した。
「キャー」
その悲鳴は、自分の下半身を弄ぶ男の頭髪と肩が目に留まったからだった。
瑠美は両足を閉じようとした。しかし、両足どころか両手さえも動かせなかった。
いくら努力してもぴくりともしなかった。
それもそのはずだ。両手両足がパイプ製のベッドに硬くくくりつけられているのだ。
「止めて!」
再び瑠美は叫んだ。
自分と同じ全裸の男は、ゆっくりと顔を上げて瑠美を見た。
恐怖で曇った瑠美の目には見知らぬ男だった。だが、その目の片隅には、一台のビデオ・カメラが静かな音を立てて回っているのが映っていた。
瑠美は、自分が何をされ、また何をされていたのかを、今はっきりと悟った。

「私は、私は…」、瑠美は顔を両手で覆った。
「何という卑劣な! 」、婚約者の両拳は硬く握られ口は血がにじむほどに閉じられた。
だが、嗚咽の中の瑠美にはその言葉よりも、空調から漏れ出る小さな音があの忌まわしい出来事を思い出させた。
沈黙が二人を押し包んだ。
が、やがて恋人は、ぽつりと言った。
「こんなことを言いたくはないが…別れよう」
「!」
恋人は間髪を入れずに続けた。
「実のことをいうと、僕の所にもあのビデオが送られてきたんだよ。あんな男の物を…あんな見知らぬ男の物を受け入れている君を許せるほど僕は人間が出来てはいない!」
「……!」
瑠美は、その低い声音を聞いた時、思考も時間もすべてが止まったと感じた。
彼女は近い内に恋人に告げなければならないと思っていた言葉が、あった。
瑠美は妊娠していた。もちろん彼の子だ。
しかし、もはやそれを言うことは拒まれたのだ。
恋人はゆっくりと立ち上がると、ドアに向かった。
瑠美はまるで夢遊病者のようにふらふらとその後を追った。
だが、わなわなと震え、追いすがる女を無視するように恋人はポケットに手を入れて何かを取り出すと、かつての婚約者に告げた。
「これを返しておくよ。悪いが僕の部屋のカギを返して貰いたい」と…。
それが、つい昨日まで永遠の愛を誓いあった男の口から出たとは信じられなかった。
瑠美の足下に、受け取ったカギが軽い音を立てて落ちた。
そして鋼鉄のドアがゆっくりと閉まった。

その翌日に瑠美は会社を辞めた。
実際は辞めさせられたといった方が正しいが、ことがことだけに自己退職として扱われ、さらに退職金も通常の倍額近い金が支払われた。
「口をつむげ…ということなのね…」
瑠美は涙の枯れた目と力のない手で、その金を無造作に鞄に入れた。
彼女の退職は、マンションの住民にはすぐに知れ渡った。
そして、退職の理由を知るはずのない住民が、
「汚い女だ」との、さげすみの目で見ているような気が絶えずした。
局からの身の処置と知人たち。さらに恋人の言葉に瑠美は死の誘惑に強く駆られた。
瑠美は極端に外出が減った。
だが、死からの誘惑をかろうじて押しとどめたのは、カギを戻されたわずか一週間後に耳にした恋人の新たな婚約という事実であった。
そして瑠美は、あることを誓ったのだ。
それは、自分の夢を奪い去った男と、裏切った男に対する“復讐”の二文字であった。
男の裏切りを知った二日後、瑠美は宍道湖畔のマンションから姿を消した。

瑠美の姿が消えた五日後の、あるモテルの一室で本能むき出しの営みが続いていた。
男は、ベッドに横たわるスレンダーだが見事な裸体に二度も放出している。
男は、たわわという形容がぴったりする乳房を弄びながら、
「よくやってくれた。これで貸し借りはなしということだ」
男は薄い唇をゆがめて言った。笑いを押し殺しているような表情の中でだ。
「あなたも見掛けに依らず、ずいぶんな悪ね。あの女、あなたに夢中だったのにねぇ」
女は男の背に柔らかな躰を密着させて、細い腕を肩越しに胸へと廻した。
男はぴったりと押しつけられた女の双丘の感触を楽しむかのようにそれに応えた。
「そういう君だって、男を手玉に取っているぜ…それに用無しとなれば…」
「それは言わない約束でしょ? お互いの思惑が一致したんだし」
「躰もな」、男は首を廻すと女の口を強く吸った。美しい顔立ちの女である。
その女の滑らかな指が男の下腹部をまさぐり始めた。すでに男の分身は、女の手に余るほど躍動している。
女は股間に顔を埋めてひとしきり男を弄ぶと、顔を上げて言った。
「結婚しても会えるんでしょ?」、甘えた声音で唇が唾液で光っている。
「ああ、いつでもね…」、男はかすれた声で応える。
「私は結婚して欲しいなんて言わないから…安心でしょ」
言い終わらないうちに男がのしかかった。激しい動きは弾力のある乳房と厚い胸板に汗を光らせた。
やがて、うめきが吐息に変わっていき、女は握りしめていた派手なシーツから手を離すと男の背に強くその爪を食い込ませた。
「ああ…一正さん。もっと、もっと」、 全体重をかけて律動する男の名前を呼びながらとろけるほどの甘美な感触を与え、与えられる女は、魔性の女と呼ぶに相応しい表情であった。
そして、それを分かつ男も、
「利香子、利香子」と、二度ほどうわずるように言うと同時に果てた。