第四章
上原誠一
国立地質研究所技師・並木眞吾。警視庁捜査一課警部・木暮大次郎。そして芸能プロダクション社長・松田誠一は、学生時代に仲間から三羽がらすと呼ばれた友人同士である。
だが、その友人である松田誠一は、殺人容疑者として拘留された。
松田誠一。元の名は上原誠一である。彼は婿養子であった。
誠一は代表者と言っても、実質的な権限はまだ妻である麗子の父が握っている。
麗子の実家はここ十数年の間に、広島でも指折りの資産家として名を馳せた。
もともとが旧家であった松田家は、数百町歩の山林や田畑を持つ郊外の大地主であった。 しばらく斜陽であったが、高速道路の開通や増え続ける広島の人口を受け入れるのに十分な土地が松田家を救ったのである。土地はこうしたバブル期の波に乗り、夢のような価格で売却されたのだ。
さらに、大手銀行の後押しによるゴルフ場の開発は、松田家を地元新聞の高額納税者の欄に掲載もさせた。
松田興業は、広島駅に近い、いわば一等地にマンションを持ち、芸能プロダクションを運営している。もっとも、最初は小さな旅行代理業を営んでいたのだが、現在の社長が全国でも有数のプロダクションに成長させた。
それが松田誠一である。
誠一は、遠く海外から興業歌手やダンサーを広島はもとより、九州・京阪神方面にまで送り込むやり手の興行主である。
彼のフィリピン滞在時代に築いた太いパイプが役に立っているのだ。
現在、三百名前後のダンサーを全国各地のクラブ・バー・ホテルなどに送り込み、質も良く容姿端麗な彼女たちは顧客の評判も上々で、事業は順風満帆の感があった。
この松田興業を切り盛りする松田誠一は、時代の波に乗った運のいい男であった。
広島随一の歓楽街である八丁堀の会員制クラブ・シャトーラに、ミランダを始めとするダンサーを、彼女たちの母国までわざわざ行き、来日させたのもすべて彼である。
普通、働いて貰う店側が彼女たちの宿泊場所を提供し、そのほとんどが安アパートと言うのが取り相場だが、松田誠一は、市内が出演場所の時は必ず会社のマンションをダンサーたちの宿泊場所として提供した。
これは、松田興業のダンサーは質が高いとの評判も考えてのことではあったが、誠一の本心はもっと違うところにあることは周囲の誰もが知っていた。
誠一が、異国から来た彼女たちを狭い安アパートに住まわせて働かすこと。ーそれだけが能ではないことを肝に銘じていたからでもあろう。
また、誠一は愛妻家でもあり、また大変な子煩悩でもあった。
周囲に漏らすように、彼に言わせれば、一年の内の大半を出張で費やし、
「家族に不自由をかけているから」との思いが強かったのだろう。
こんな誠一は、どこから見ても文句の付けようのない青年実業家として、ダンサーたちからも、そして妻・麗子の父からも全幅の信頼を勝ち得つつあった。
たぶん、会社の全権限を譲り受けるのも時間の問題だったと思われる。
また、麗子が再婚であり、誠一が初婚だったことも、彼に対して有利に働いたのかも知れない。麗子は、銀行に勤務していた夫とは、誠一と知り合う一年前に死別していた。
青年・上原誠一は、大学卒業後まもなく、日本を離れた。
それは、今から二十数年前のことであった。
彼は単身、フィリピンに渡ったのである。
以前は限られた人間、たとえば政府関係者や学術目的などだけに許されていた海外渡航が自由化になると、高度成長の波に乗る日本人の海外旅行熱は凄まじいものがあった。
誠一が渡航したのも折良くこうした時期で、この頃は毎年数万人もの人々がフィリピンにも押し掛けていた。
多くのアジア諸国の中にあって、この国はじつによく英語が通じる。
語学が堪能な誠一は、その才能を生かして、この地で日本を始めとする海外からの旅行者を受け入れる旅行代理店を設立する夢を持っていたのだ。
当然のことながら、日本には数限りないほどの旅行代理店があり、そのうちの数社は、すでにフィリピンにも支店を開設していたが、誠一の目指すものは、表向きの観光旅行ではなくー現地の人々やその国そのものを紹介するーそういった“旅”と言えるものであった。
たとえば、未開発の島々やジャングルがいまだ残された秘境巡りなどの冒険旅行をも視野に入れた企画会社である。
誠一は、四年間の学生時代を通したアルバイトで蓄えた金を持ち、行動を起こした。
そして、この地に着いた翌日から足を棒にして職を探した。
だが、貧富の差が激しい国である。ビルの立ち並ぶメイン通りを一歩外れると、誠一が外国人とみえるからなのか、裸足で駆け寄る多くの子供たちが否応なしに目に付いた。
普通なら、失業者で溢れかえるここでは現地人でさえ職を得るのは難しいかも知れない。
だが、幸いなことに誠一は、語学は相当に達者である。
それも日本語と英語、さらにタガログ語をも話せる誠一は、旅行熱で賑わうマニラで、貴重な人材として職を得ることになった。
誠一は、五日目に中程度の旅行代理店の現地採用に預かったのだ。日本の代理店である。
支店長と課長を除く全員が現地人であり、さらに物価も安く、給料も日本並というこの上もない環境下で、誠一はこの国にとけ込んでいった。
まずは旅行代理業の知識とフィリピンの習慣や人となりを知り得る手段を確保したのだった。
だが、上原誠一は、その後、この地で出会った三人の人間によって自分の人生が大きく変えられるなどとは思いもしなかった。
それは、水の流れにも似た自然なものであったのかも知れない。
言うならば、その三人の人間と上原誠一の出会いは、彼が好むと好まざるに関わらずもたらされた、避けられぬ運命とも思える巡り会いであった。
そして、彼らが誠一に運び与えたものは、愛と、悲しみと、そして計り知れない憎悪であった。
本来なら誠一は、その中の一人の人間には決して関わり合ってはならなかった。しかし、誠一はそのことに決して気づくことはなかった。
そしてある時期、その人間が誠一にもたらしたものは、彼を奈落の深淵へと突き落とす、憎しみと破滅への罠であった。