第六章
MATUE STA
仕事の合間をぬって、都下・立川市で起きた殺人事件とミランダ殺害の関連を調べる並木に休日などあってないようなものである。
並木は研究者であっても、警察官ではないし、おまけに、勤務する地質研究所は年間を通して各種の研究作業で息つく暇もないほど多忙だからだ。
さりながら、並木は休みの度に足繁く、広島に通った。
だが、面会を求めた並木に、
「僕は絶対に殺(や)ってはいない!」、上原はこの言葉を繰り返すだけで何の進展もなかった。
広島県警が、上原のそれ以上の黙秘に閉口していることは、本人に会って確認もしていたし、新聞やテレビニュースでも知ってはいたが、上原に有利な新たな証拠を掴まない限り、(このままでは状況証拠で、立件される)との見方を並木も木暮もしていた。
並木は、過去のドクツルタケを使った事件の新聞記事、さらに島根・広島・東京・兵庫などの道路地図・鉄道時刻表、そしてフィリピン時代の誠一の資料を手に入れた。
あらゆる角度から、上原のアリバイと彼に降りかかった事件の検討にかかるためだ。
今回の事件の裏には、フィリピンにも“何かがある”と睨んだ並木は、上原誠一が、当時どういう立場と状況の中にいたのかを確かめるため、木暮の協力で警視庁外事課からの情報も得ていたのだ。
だが、素人の並木が考えつく事くらいは、すでに広島県警も調べを進め、捜査官がフィリピンでの追跡調査を終えていた。
松田誠一が、まだ上原姓である頃から現在までである。
結果は、上原の親友である並木や木暮が知らなかったスーザンの死も明らかに自殺であり、上原とミランダの関係も見あたらないとの返事であった。
それ故フィリピン警察は、日本で起きた事件にほとんど関心を示すことはなかった。これは、フィリピン政府から、同国人が犠牲者であるこの事件の解決を早急にとの要請はあったが、捜査段階でもあり今はまだとくに大きな社会問題には発展はしていなかった経緯もあったようである。
広島県警もこの調査報告の結果をふまえて、フィリピンでの誠一の行動に疑問を挟むことはなく、警察の捜査は、あくまでも日本国内中心の捜査に移っており、来日したミランダとの不倫説にますます傾いていったのである。
当然、巷でも多くの噂が吹聴されていたが、そのほとんどが下劣なものであったのは言うまでもない。
「ほんの軽い気持ちの浮気が、奥さんに知られそうになり邪魔になったようだ」
「なにせ、若い上に顔もスタイルも抜群だったらしい」
「犯(やる)だけやって、逃げればいいものを」
「婿入りらしいな。嫁さんに知られれば、せっかくの財産を棒に振るからな。嫁さんの財産は、大したものだそうだ」
この手のゴシップに週刊誌が手をこまねいているはずもなく、毎回その誌面を賑わした。
だが容疑者・松田誠一は、頑として否定と理屈に合わないアリバイを主張し続けていた。
一方、東京の木暮には、高須殺害の犯人像を一向に絞り込めず、むなしく時間だけが過ぎていった。
憔悴すればするほど、手がかりが空回りして遠のくようにも感じていた。
靴底がすり減るほどの聞き込みも、何ら有力な情報を集めることも出来ないのだ。
友人が東京で必死にかけずり回る頃、並木は今まで消化されずに残っていた有給休暇を強引とも取れる方法で取得した。
彼は京都に行くつもりであった。
京都は上原誠一の出身地である。並木は、警察の調べの中でも分からない、上原の過去にこだわっていたからだ。
(恋人だったスーザンの件もある。上原には、僕たちに見せなかった部分がもっとあるのかも知れない…)
木暮が話したように、恋人の自殺という、不幸でやりきれない事実を話したがらないのは、並木にも分かる。
しかし、(だが…)と、並木は思う事がある。
それは、(なぜ、上原はすぐにばれるような嘘のアリバイを主張し続けるのだろうか?)との素朴な疑問である。
そして、(誰かを庇っているのでは?)との漫然とした思いでもある。
さらに、何よりの疑問は、と言うより、最大の謎である“matue sta”という文字である。
並木はこの文字の意味を解くことこそが、事件を解決出来ると考えていた。
ミランダ殺害犯が、上原であろうとなかろうと、“matue sta”、この八文字の意味を知っているのは犯人と彼女だけのはずである。そして、ミランダはこの八文字とともに失踪し殺害された。
並木には、この文字を追うしか取る方策はなかったようである。
京都行きは、妻・志帆の提案だった。
そして、
「私にも何かさせて! 男の人と女とは感じ方も見方も違うのよ」と言い張って譲らなかった。
志帆は多くを語らなかったが、上原の無実を堅く信じる一人でもあった。
上原誠一の実家は京都の郊外、京北町の外れにある。
並木夫婦が訪ねた一画は、竹林が目立ち、静寂が支配しているようであった。
タクシーを降りると、周りを竹林で囲まれた歴史を感ずる佇まいの中に数軒の家が見えた。並木と志帆はゆっくりと目的の家に近づいていった。
その並木夫婦が歩を進めた『猟奇事件の犯罪者の生家』は堅く門を閉ざしていた。
生け垣から見える窓にもカーテンが引かれ、室内の様子を窺い知ることは出来ない。
だが、連日のように書きたてる新聞や雑誌記者の格好の餌食である家の付近には、それらしい車両が数台止まり、車内には一目でそれと分かる男女の姿も見えている。
その中には、苦々しい気持ちで歩む並木にカメラを向ける非常識な男も見え、並木は心中穏やかではなかった。
「あなた。急ぎましょう!」
珍しく不愉快さを顔に出した夫を、同じ表情の志帆が促した。
そして、玄関先を見たとき、志帆は悲しそうに呟いた。
「何て事…、お母様には無関係でしょうに…」
玄関先の郵便受けには新聞が詰め込まれ、こぼれ落ちた数十枚の差出人のない封筒が数日前からの雨に濡れていた。
二人には、この封筒が何を物語るかは容易に想像できたのだ。
沈痛な表情の並木がチャイムに手を掛けようとした時である。
「いい加減にしたらどうなんですか! 上原さんの身にもなりなさい!」と、二人を激しく非難する声がした。
振り向くと、塀越しに一人の婦人の顔が見えた。
ちょうど並木の母親位の年格好である。
婦人は二人を、(まったく情けない人たち)と言う表情で見ていたが、並木と目が合うと再びきつい口調で言った。
「どこまで付きまとえば気が済むの! 誠一さんが犯人と決まった訳でもないでしょう。そっとしてあげなさい!」
婦人のこの言葉は、二人もまた、朝から晩まで上原宅を興味本位で訪ねる輩と思ったからに違いない。
「あ、いや。私たちは誠一君の古い友人で、道路脇に止まっている人たちとは違います」
並木は、犯罪者の生家の家族を庇う隣家の婦人に心から頭を下げて説明した。
志帆も、並木以上に頭を下げた。
婦人は志帆と並木を交互に見て、
「あ…ごめんなさいね。私はてっきりあの秋のハエのような人達と思いこんでしまって…」と早とちりを詫びた。
「いいえ。そんなことはよろしいんです。今は、お母様お一人と聞いています。主人は、誠一さんとはとても懇意にしています。謝らなければならないのは、私たちの方ですのに」、志帆は再び婦人に頭を下げた。
志帆は、今までここに来られず、友人の母をほっといた事と、今後のことをよろしくとの思いがあったからだ。
だが、
「上原さんは、ご在宅ですね?」と、訊いた並木に思いもしない言葉が返ってきたのである。
「私が声を掛けてあげましょう。でも、上原さんも自分がお腹を痛めた息子さんでもないのに、とんだことになって…、お気の毒に…」
思いもよらぬ婦人の言葉に、二人は顔を見合わせた。
「あの…それはどういう事でしようか?」
並木は、緊張した面もちで訊ねた。
並木も志帆も初めて聞く、上原誠一の出生の秘密があったのである。
上原家は広い家で、周囲の佇まいに負けないほどの、みるからに旧家を思わせる。
隣家の婦人の口利きで玄関に足を踏み入れた二人に、
「よくおいでいただきました」と、深々と頭を下げたのはそろそろ米寿に近いのではと思える老婦人であった。
髪もすでに真っ白だが、若い頃はさぞ美人であったろう、と思えるほど上品な婦人であった。が、ここ数週間の心労のためだろうか、顔は青白く生気は全く失われている。
座敷に通された二人は、挨拶もそこそこに誠一との関係と現在彼が置かれている状況を包み隠さずに、年老いた母親に聞かせた。
並木は、この年老いた母に留置所の事を話すことは、出来れば避けたかった。
しかし、隠し立てをすればするほど母として苦しむことを並木は知っていた。
「お母さん、誠一君はあんな事が出来る人間でないことは、私たちが一番よく知っています。近い内に、必ず身の潔白は証明されますよ」
並木は気休めを言うつもりは毛頭ない。
だが、この言葉に母親は、やり切れぬ表情で応えた。そして、皺が深く刻まれた頬に涙が幾筋も流れ落ちた。
「連れ合いに先立たれて、今は、今はあの子が無事に帰ってくれることだけが私の生き甲斐なのです…」
並木は、この母にさらに残酷な言葉を言わなければならない自分が、鬼のような男に思えた。
だが、それは、是非とも知っておかなければならない事でもあった。
「お母さん、こんな事をお聞きするのは酷いことかも知れませんが…」
そこまで言うと、並木はためらったように言葉を止めた。
志帆とて、下を向いているのが精一杯のようである。
「並木さん。どうぞ遠慮はなさらないで下さい。何を聞かれても驚きません」、母は、ハンカチを握りしめた手を膝に置き、姿勢を正して並木を見た。
「…はい。…お聞きしたかったのは、先ほどのご婦人が、誠一君は本当のお子さんではないとおっしやっておられました。どういう意味なのですか? これが事件に関係があるとは思いませんが、誠一君は、僕たちにそのようなことは一度も言ったことがないのですよ…」
「…」
「…お母さま」、志帆が心中を思ってか遠慮がちに聞いた。
「…本当のことなのですよ…。あの子は…、あの子は、私の昔の友人で、的江という人の子でした」
「まとえ? お母様、いまなんとおっしやいました? たしか、まとえ…、まとえと、言われませんでしたか?」
志帆は、驚いたように聞き返したのである。並木も思わず身を乗り出して志帆の顔を見た。
「ええ。的江です。その人にはある事情があり、子供のいない私ども夫婦が引き取ったのです。あの子が一つの時分でした…。あの子の本当の両親は、あの子が産まれてまもなく広島で亡くなりました。交通事故でした…」
そこまで話すと、年老いた母の口から嗚咽が漏れた。
胸を引き裂くようなそれは、永く、永く、志帆の耳に残る嗚咽だった。
今、志帆は何も言えず、また何も応えることが出来なかった。
それは並木とて同じであった。
だが、志帆の持った疑問は、並木にも“何ごとか”を想像させるのに十分な言葉であった。
二人は同時に、頭の中で絶えず問いかけた言葉、“matue sta”を思い浮かべていたのである。
木暮も話していたように、ミランダが残した唯一の手がかりは、確実な形ではもとよりなく、あくまでも推測の域を出るものではなかった。“matue sta“かも知れないし、またそうではないのかも知れなかった。
だが、(このようにも取れる)と、並木は妻と同じ疑問を持ったのである。
直感であった。
それは“matoe stay“。
すなわち“まとえ 滞在”に他ならなかったのである。
さらに、それを確信したのは、誠一の誕生の地が広島であることだった。
とりもなおさずそれは、殺害されたミランダが、
「広島に来たい」と拘った、本当の理由ではなかったのだろうか。
並木と志帆は、必ずや誠一の力になると約束し、まもなく上原家を辞した。
だが二人には、上原家を辞する時に聞いた誠一の母の言葉が重くのしかかっていた。
母親はこう言ったのだ。
「誠一が、貰われた子だと知っているのは、さきほどの奥さんと松田家の人たちだけなんですよ」と。
黙りこくった並木を志帆は硬い表情で見、ためらいながら言った。
「あなた…、まさか麗子さんが」
「…」
並木は、心の中で志帆に応えていた。
(君の言いたいことは分かっている。上原が、なぜあんな筋の通らないアリバイを言い続けているのかがね)と。